2019年6月30日日曜日

“算数が弱いのでパッと割り算できない”


「老後2000万円の蓄えが必要」とした金融庁の審議会報告書をめぐって、国会での審議が続けられている。
この問題では、自らが要請した審議会の報告書を、都合が悪いからといって受け取りを拒否するとした麻生太郎金融大臣の答弁もあって国民的な批判が広がっている。
ところが、もっとびっくりしたのは、参議院の財政金融委員会での厚生労働省の度山徹審議官が行った標題の答弁。共産党の小池晃参議院議員が「マクロ経済スライドによる基礎年金が今の給付水準よりも3割低下する」と指摘し、ただした際に飛び出した。
当然、国会の審議はストップ。再開後、度山審議官は、しぶしぶ給付水準の低下が「およそ3割程度」と認めた。
今回の「年金問題」は、給付水準が明らかに低下する事実を隠そうとする政府の姿勢に対する、当然の国民的な批判の高まりだといえる。
同時に、麻生大臣の姿勢などに示される国会における一強の弊害とともに、その権力におもねる官僚の姿勢をも明らかにしている。
7月の参議院選挙の公示日は、すぐそこである。

2019年4月26日金曜日

新入社員のタイプと企業の対応


 新年度を迎え、5月からの新元号も発表された。
 リクルートスーツの新入社員の初々しい姿がまぶしいようだが、今年の新入社員は、“「令和」最初の新入社員”と呼ばれることになるのだろうか。
 毎年発表される「新入社員のタイプ」、今年は「呼びかけ次第のAIスピーカータイプ」と発表された。
 この発表は、1973年度から始まって、昨年からこの発表を引き継いだ産労総合研究所(代表・平盛之)が、企業の人事担当者、大学のキャリアセンター担当者などから成る「新社会人の採用・育成研究会」の「2019年3月卒業予定者の採用・就職に関するアンケート」や採用・就職支援活動などを踏まえて、今年の新入社員の特徴と育成のヒントをまとめたものだ。
 この発表では、「注目のAIスピーカー(引き続きの売り手市場)。多機能だが、機能を十分に発揮させるためには細かい設定(丁寧な育成)や別の補助装置(環境整備)が必要。最初の呼びかけが気恥ずかしいが(○○オッケー!とか)、それなしには何も始まらない。」と解説している。
 同研究所の調査によると、「今年度の新入社員は、質問に対して『はい』、『いいえ』ではなく、『どちらでもない』を選ぶ傾向がある」として、「能動的に動くことは少ないかもしれ」ないが、「丁寧に教え、理解させればしっかりとした仕事をしてくれる期待感ある」としている。
 今年の大卒求人倍率は1.88、平成15年以来5年連続の売り手市場。ただ、就職活動では、経団連の「就職指針」の廃止やインターンシップ制度、卒後3年以内の「新卒みなし」などに翻弄された世代でもあり、終身雇用制度の崩壊などの影響も強く受けており、どこか冷めた意識と企業への執着心も希薄だといわれている。
 せっかく採用した新入社員を戦力とするためには、改めて、「目的目標の共有」を図ること重要だと感じている。
 それぞれの企業の「社会的存在の意義」、指示されて「プログラムされた作業をするAI」ではなく「業務の意味を考え・受け止めて仕事をする社員」となるよう丁寧な育成が“カギ”となっている。
 そして、その具体化を急ぐ必要があると思う。

2019年1月2日水曜日

明けましておめでとうございます


明けましておめでとうございます。
2019年を迎えました。
昨年は皆様にとって、どんな年だったのでしょうか。
日本経済は、アベノミクスの矢は折れ、カリスマ経営者の逮捕で幕が引かれる事態となりました。
一方、国会では、疑惑究明には背を向け、新たな疑惑には、蓋をしたままのゴリ押しが続けられ、沖縄では、民意を踏みにじった暴挙が続けられています。
平和の課題でも、沖縄だけでなく、護衛艦の空母化やオスプレイの佐賀空港への配備計画など、アメリカ追随の軍拡が続けられています。
さらに、子育て支援や福祉を口実に今年の秋には、国民生活を直撃する増税がはかられようとしています。
こうした中で、天皇の譲位が決まり、昨年来、新しい年号は何かと取り沙汰されている中、今上天皇の記者会見における“象徴天皇とは”と、平成の30年間、国民との新たな関わりを模索し続けた姿勢。その率直な語り口には、共鳴できる感じがありました。
さて、こうした2018年をうけて、2019年の日本の進路はどうなるのでしょうか。
新しい年号が定められる年でもあります。
また、参議院選挙やいっせい地方選挙が迫っている年明けでもあります。
憲法をないがしろにする現政権に対して、立憲主義を守る共同が広がり注目されています。
日本の進路を決するために、民意を反映させる絶好のチャンスです。
                                                                 (2019.1.1)


2018年10月26日金曜日

仕事と作業




「あなたは仕事をしていますか?。それとも、あなたは作業をしていますか?」・・・
最近のいくつかの研修で話題になりました。
この提起を受けて、仕事と作業って何が違うのかについて論議が始まります。

「どう違うんだろう?」
「作業は、仕事の一部分だと思う。」

なるほど、そうだ。

「仕事は大きなもののような気がする。」

これも分かる気がする。

「ここの作業所は、『B型作業所』と呼ばれているけど、利用者の皆さんは『仕事に来る』と言っている。」

フム、フム。日程表のなかの記述は「作業」となっているが、職員と利用者の認識の違いだろうか。

「仕事は、目的・目標があって、それを実現する具体的な課程が『作業』ではないだろうか」

徐々に、正解にたどり着いているような感じもあるなァ。

そうだ、以前の研修で触れた話がある。

そのお話し「お城と石工」。

ある現場で、3人の石工が作業をしていた。

そこへ現場の様子を見に来たお侍が、3人の石工にそれぞれ尋ねた。


お侍「お前は、何をしているのか?」



石工A「見りゃあ分かるだろう。石を積んでいるんだ」


石工B「私は、石垣を造っていますよ」


石工C「私は、お城を造っているんです」と。


あなたは、仕事をしていますか。それとも・・・・


2018年9月28日金曜日

“どアホノミクス”と425兆円超

「どアホノミクスの正体」(佐高信、浜矩子:講談社+α新書)を読んだ。
この本は、経済評論家の佐高信氏と同志社大学大学院ビジネス研究科教授、エコノミストの浜矩子氏の対談として出版されたもの。内容は、安倍政権の政策の分析から、アメリカにおけるトランプ政権の成立とその本質、経済活動や通貨、マルクスの「資本論」と現代、「反格差」「反貧困」、安倍晋三の目論見、アベノミクスとどう対峙するかはなど多岐にわたる対談である。
この本では多くの示唆を受けた。
特に、国内におけるアベノミクスについて「アホノミクスは戦争国家をつくる政策である」と分析し、その具体的な「三本の矢」政策が必ずしも成功していないが、それでも「GDPを600兆円にまで増やす目標」は「国防費を増や」し「軍事化」を狙うもので、そのために、“通貨の番人”である中央銀行・日銀の性格まで捻じ曲げている実態、その結果、日銀の国債保有率は、41.14%にまで膨れ上がり増え続けている。



これは、国の借金を、国が日銀に命じて(のために政府の意に従順な総裁を据え)、お札をどんどん増刷し、国債を引き受けさせ、その結果、金融政策との辻褄が合わなくなっているのに、何が何でもGDP600兆円の目標の達成をと突き進んでいる。
なるほど、自分で勝手にお札を印刷して、それを、政府が勝手に使うという何でもありの仕組なんだ。こんな、まやかしがまかり通っているのか。
そんな思いで、この本を読んでいると、財務省が、2017年度の法人企業統計によると大企業(資本金10億円以上)の内部留保が425兆8000億円超と発表した。しかも、2016年より22兆4000億円も増えている。
アベノミクスでは、トリクルダウン(大企業の富が中小企業、ひいては従業員に滴り落ちる)としてきた。
しかし、大企業は、国の一般会計予算97兆7000億円(平成30年度)の22%を超える内部留保を増やし、4倍以上もため込んでいる一方で、従業員の賃金は、2016年度に比較すると、年間54000円の減額になっている。
従業員には、トリクルダウンどころか、マイナスである。

なるほど、これも”どアホノミクス”がいう、ごまかしの一面か。

この国の仕組は、ますます逆立ちした構造になっている。




2018年3月23日金曜日

“忖度”と“諂う”


“僕”が突然有名になってから1年。
当時は、“僕”の漢字を書くことができなかった人でも、今は、多くの人が“りっしんべんに寸”と知っている。
2017年の流行語大賞にも選ばれた。

“僕”を突然有名にしたあの方は、昨年の7月に“詐欺罪”で逮捕拘留され、230日以上、異例の接見禁止が続いている。
10月には衆議院選挙も行われ、政党の離合集散もあり、与党が大勝した。
“僕”の周りは、少し静かになったかに見えた。

しかし、年が明けて、“僕”の周りは再びざわついてきた。

今度は“決裁文書の改竄”が大きな問題となり、“僕”が再び注目されている。

国会に提出され、論議されてきた国の決済文書が改竄(かいざん)されていたというのだ。
この1年、“忖度”を否定し、「森友学園」への国有地売却の値引きの経過等の「決済文書を廃棄した」と、官僚が、国会で強気の答弁を行っていたのにだ。
さすがにこの官僚は辞任して退職した。

また、「森友に関わったのでは」と言われる、いわゆる「夫人」は、こっそりとfacebookに「いいね」を送っている。
その「夫」は、国会で「夫人は関わりないと言っている」と答弁し続け、もともと利害関係者である「夫人」にも関わらず、無意味な答弁だと分からないはずもないだろうにだ。

“僕”は考えた。
決済文書の改竄(かいざん)は、日本国中に疑問と怒りの声が拡がり国会前も連日、騒然としている。
この決済文書の改竄(かいざん)や国会軽視の姿勢、これは、「権力の顔色を窺って、特定の利益のために行動をとる」ことで「諂う(へつらう)」ということがぴったりする。
本来の“僕”は「人の思いをおしはかる」ということであり、こうしたこととはまったく違う意味だ。

決済文書の改竄(かいざん)によって何が隠され、国会で1年間の論議は何だったのか。真相の究明を期待したい。

2018年1月29日月曜日

2018年 古稀を迎える

2018年となった。私は今年、古稀を迎える。
終戦から3年、昭和23年に生まれ、いつの間にか70歳になる。
古稀は、中国唐代の詩人・杜甫の『曲江詩』の詩句

朝回日日典春衣,每日江頭盡醉歸。
酒債尋常行處有,人生七十古來稀。
穿花蛺蝶深深見,點水蜻蜓款款飛。
傳語風光共流轉,暫時相賞莫相違。

「酒債は尋常行く処に有り 人生七十古来稀なり」(酒代のつけは私が普通行く所には、どこにでもある。(しかし)七十年生きる人は古くから稀である)に由来するという。
唐の時代には、70歳で“古来稀”であったのだろうが、私は、いつの間にか70歳を迎える。
最近の私は、杜甫ほど、飲み歩くことも少なくなった。
別の先人、春秋時代の中国の思想家、哲学者、儒家の始祖、孔子(紀元前552年~紀元前479年)の教えをまとめた論語では、
子曰く、
「吾十有五にして学に志す。
三十にして立つ。
四十にして惑はず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳順ふ。
七十にして心の欲する所に従
ひて矩を踰えず」
と説いている。
今から、2,500年も前の時代である。
心の欲する所に従いて…とは、「“心の思うままに”ものごとに対応しても、人の道に外れない」と聞いたような記憶がある。
“いつの間にか”70歳の私にとっては、もちろんだが、とてもそんな域にはない。
「天命」も知らず、「惑」いながら、「耳順」でウロウロしながら過ごしている。
さて、今年も同じだろうが、ただ、漫然とした一年とならないように心がけようと思う